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東京高等裁判所 平成10年(ネ)2652号 判決 1999年12月21日

控訴人

有限会社シコネット

右代表者代表取締役

直井實

右訴訟代理人弁護士

結城康郎

冨永忠祐

同訴訟復代理人

花渕茂樹

被控訴人

戸田嘉徳

右訴訟代理人弁護士

大島重夫

若松巌

豊島住夫

主文

一  原判決を次のとおり変更する。

1  被控訴人は、控訴人に対し、金一億三四六一万七五九九円及びこれに対する平成六年七月一五日から支払済みに至るまで年六分の金員を支払え。

2  控訴人のその余の請求を棄却する。

二  訴訟費用は、第一、第二審を通じこれを一〇〇分し、その一を控訴人の、その余を被控訴人の負担とする。

三  この判決の第一項の1は、仮に執行することができる。

事実及び理由

第一  当事者の求めた裁判

一  控訴人

1  原判決を取り消す。

2  被控訴人は、控訴人に対し、金一億三六三四万一六九〇円及びこれに対する平成六年七月一五日から支払済みに至るまで年六分の金員を支払え。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

4  仮執行宣言

二  被控訴人

1  本件控訴を棄却する。

2  控訴費用は控訴人の負担とする。

第二  本件事案の概要(当事者間に争いがない事実及び掲記の証拠によって容易に認められる事実)

(主位的請求原因関係)

1(一)  控訴人は、株式会社シコクヤの傘下にあるレストランの経営等を目的とするために設立された会社(旧商号トレフーズ)である。被控訴人は、別紙物件目録記載の一記載の土地(以下「本件土地」という。)及び同その地上の建物である同目録二記載の建物(以下「本件建物」という。)を所有しているものである。

(二)  株式会社ジ・アルファ アセッツ(以下「アセッツ」という。)は、株式会社ジ・アルファコンストラクション コンサルト(以下「アルファコンストラクション」という。)、ザ・スタジオアルファ建築設計事務所、株式会社ザ・ビルディング アルファ等の何川裕(以下「訴外何川」という。)が率いるアルファ企業グループの中核会社であって、資産、資金の管理運用及び貸金業等を目的とする会社である。(甲一、三六)

2  被控訴人は、平成元年四月二七日、アセッツ及びアルファコンストラクションとの間で、本件土地についての有効利用等を図るため、アセッツに対し、本件土地上に賃貸ビルを建設、運営することにつき、その総合企画業務(賃貸ビルの基本設計プラン・運営プランの策定及びこれに関連する税務・法務・資金調達・相続問題等)に関する一切の総合的コンサルティング業務を委託する旨の契約(以下「本件基本契約」という。)を締結し、「協定書」と題する契約書を取り交わした。本件基本契約の内容の概括は次のとおりである。(甲二一)

(一) 賃貸ビルの実施設計計画及び管理は、アセッツの関連会社である株式会社ザ・スタジオアルファ建築設計事務所が担当する。同ビルは、株式会社ザ・ビルディングアルファが建設したものを被控訴人が取得する方法とする。

(二) 賃貸ビルは、被控訴人がアセッツに対して一括賃貸(期間二〇年、賃料3.3平方メートル当たり二万八〇〇〇円、保証金一坪当たり三〇〇万円)し、アセッツはこれを転貸し、管理運営を行うものとし、そのために被控訴人とアセッツ間に賃貸借契約を締結することとする。

3  被控訴人は、平成元年一二月二五日、アセッツとの間において、本件基本契約に基づいて、本件建物につき、次の内容を有する賃貸借契約(以下「本件原賃貸借契約」という。)を締結した。(甲三)

(一) 転貸の承認(二条)

被控訴人は、アセッツが本件原賃貸借契約期間中自ら適当と認めた第三者(以下「転借人」という。)に適宜転貸することを承諾する。但し、転借人からの再転借は認めないものとし、アセッツは転借人・転借条件等につき事前に被控訴人に通知し、必要に応じて協議する。また、アセッツは被控訴人の要求があるときは、転貸借の状況につき報告する。被控訴人は、アセッツが転借人から保証金の預託を受けることを承諾する。

(二) 賃貸借契約期間(四条)賃貸借期間は二〇年間とする。

(三) 賃料の支払と請求(六条)

本件建物の賃料は、専有面積3.3平方メートル当たり月額二万八〇〇〇円とし、被控訴人は転借人に対して直接賃料の請求はしない。

(四) 管理委託と費用負担(七条、九条)

アセッツは、その負担に属する本件物件の管理(電気料、消耗品の取り替え費用)を、その責任と費用で行う。

建物の諸設備(換気設備、給排水管等)の取替費用は被控訴人の負担とする。

(五) 原状変更等(一〇条)

被控訴人は、アセッツが本物件に対する維持管理を目的とする修理を被控訴人に代わってすること、及び転借人の希望する造作等の設備工事をすることを予め承諾する。ただし、本件建物の諸設備の新設等については被控訴人に通知して、アセッツの費用負担でおこなう。

(六) 保証金(一四条)(以下「原賃貸借保証金」という。)

専有面積3.3平方メートル当たり三〇〇万円。ただし、返還時に一〇パーセント償却する。

(七) 違約金(一九条)

解除がアセッツの違約によるときは、被控訴人は原賃貸借保証金の一部に充当された本件基本契約の申込証拠金一億二五〇〇万円を違約金として没収する。

(八) 地位の承継(二〇条)(以下「本件特約」という。)

本件原賃貸借契約の期間満了、解除、その他本件原賃貸借契約が終了した場合は、被控訴人はアセッツが転借人との間に締結している転貸借契約を承継するものとし、被控訴人は、アセッツに対してアセッツが転借人各々から受領している保証金より、転借人各々がアセッツに対して負担する債務を控除した残額の引渡しを求めることができる。

4  アセッツは、本件基本契約の平成元年四月二七日に支払った申込証拠金を原賃貸借保証金の一部に振り替えることに合意し、同保証金の内金一億二五〇〇万円を本件原賃貸借契約にしたがって支払った。(甲四)

5  控訴人は、平成二年一〇月三〇日、アセッツとの間で、別紙物件目録三記載の建物部分(以下「本件店舗部分」という。)につき、次の内容を有する転貸借契約(以下「本件転貸借契約」という。)を締結した(ただし、アセッツと株式会社シコクヤ間に平成二年七月五日に締結された本件店舗部分に関する転貸借契約を控訴人が承継したものである。)。(甲一、二)

(一) 賃貸借期間 引渡しの日から三年間

(二) 使用目的 レストラン

(三) 賃料月額 一五五万八〇〇〇円

(四) 管理費月額 二四万九〇〇〇円

(五) 保証金 一億五五四三万円(以下「本件保証金」という。)

(六) 保証金の償却 期間満了の場合及び更新後の契約が終了した場合保証金は一〇パーセントの割合で償却する。

(七) 解約 転貸借期間中に解約する場合には、解約の六か月前までに相手方に、書面によりその予告をしなければならない。

6  控訴人は、アセッツに対し本件転貸借契約にしたがって、平成二年一〇月三〇日までに、本件保証金全額を支払った。(甲五の1ないし3、六の1、2、七の1、2)

7  本件建物は、平成二年一二月ころに完成した。被控訴人は、アセッツに対して本件建物を同月一七日ころ引き渡した。アセッツはその引渡しを受けて、控訴人に対して、同日ころ、本件店舗部分を引渡した。

8  被控訴人は、平成三年一月二五日ころ到達した内容証明郵便をもって、アセッツの原賃貸借保証金残金の支払遅滞等の債務不履行を原因として、同月末日限りその支払がないときは本件原賃貸借契約を解除する旨の意思表示をした。したがって、本件原賃貸借契約は同年一月三一日の経過をもって解除された。(甲二七、弁論の全趣旨)

9  控訴人は、被控訴人との間で、平成四年一二月一日以降の家賃ないし使用損害金(その名目については当事者に争いがある。)を一五五万八〇〇〇円から一二一万二六九三円に改める合意をして、管理費二四万九〇〇〇円、消費税四万三八五〇円との合計一五〇万五五四三円を支払ってきた。

10  控訴人は、本件転貸借契約における賃貸人の地位は被控訴人が承継していると主張して、平成五年一一月一〇日付け内容証明郵便をもって、被控訴人に対し、本件転貸借契約につき平成六年三月末日限り解約する旨の通知をした。(乙四)

(予備的請求原因関係)

アセッツは、被控訴人が株式会社銭高組(以下「銭高組」という)に対して支払うべき建築請負代金債務等につき、合計二億〇一一六万一八〇〇円の立替払(以下「本件立替払」という。)をした。(甲二九)

第三  争点

一  控訴人の主張

(主位的請求原因関係)

1 被控訴人は、不動産賃貸借契約である本件原賃貸借契約第二〇条の本件特約に基づき、アセッツの転貸人たる地位を当然に承継(以下「本件地位の承継」という。)したことにより、本件保証金返還債務をも承継した。

2 仮に、本件特約に基づく本件地位の承継については、被控訴人がアセッツから本件保証金の引継を条件とするものであると認められるとしても、被控訴人は、本件原賃貸借契約における原賃貸借保証金一三億〇二〇九万円のうち一億二五〇〇万円の支払を受けているのであるから、本件保証金についても実質的にはその一部の引継を受けているものとされるべきであるので、本件保証金返還債務についても一億二五〇〇万円の限度において返還債務を承継したものと解されるべきである。

なお、原賃貸借保証金及び本件保証金はいずれも、賃借人ないし転借人の債務不履行等による損害を担保する目的の金員であることはその各契約上明らかであるので、法的には敷金と解されるものである。

また、賃貸借契約の解除は将来に向かってのみ効力を生ずるものであるから、仮に被控訴人が保証金として収受した金員をその後違約金として没収したとしても、それは控訴人に対してはその効果を対抗し得ないというべきである。

仮に、被控訴人の引き継いだ原賃貸借契約の保証金の割合に応じて本件転貸借契約の保証金返還債務を引き継いだものとしても、被控訴人は控訴人に対して、本件保証金から約定の償却一〇パーセントを控除した一億三九八八万七〇〇〇円の約9.599パーセントである一三四二万七七五三円(控訴人の主張する一二五〇万〇〇五七円は計算違いであることが明らかである。)の返還債務を承継したものと解されるべきである。

3 仮に、本件特約による本件地位の承継の主張が認められないとしても、

(一) 被控訴人は、控訴人との間において、平成三年三月ころ、又は同年八月二〇日ころ、本件地位の承継をすることを、明示又は黙示的に合意した。

そのことは、被控訴人が、平成三年一月二三日付の内容証明郵便において、アセッツに対し、転貸借関係の引継を請求していること、被控訴人は、控訴人に対し、本件店舗部分の本件転貸借契約に基づく賃料を被控訴人に支払うよう要望したので、控訴人もそれを了承して平成三年八月二〇日、支払を保留していた平成三年四月から七月までの分の本件賃料等を支払い、以降、平成六年一月三〇日まで三年間にわたってその支払をし、被控訴人はそれを受領していたことからも明らかである。

仮に、被控訴人が控訴人からの右支払を受けた金員を、本件店舗部分を控訴人が使用して占有していることに対する賃料相当損害金として受領していたものと認められるとしても、被控訴人は建物をアセッツに賃貸していれば、月々生じたであろう利益以上の金額を控訴人から受領していたのであり、また控訴人を不法占拠者であると主張しつつも管理費等をなんら留保をすることなく受領していたのであるから、これらは被控訴人が本件地位の承継を明示又は黙示的に承諾していたことを推認させるものである。

(二) 又は、被控訴人は、右のとおり控訴人から右金員を本件賃料等として長期間受領し、かつ、控訴人に対して本件建物部分の明渡しを請求しなかったのであるから、本件地位の承継を追認したものとすべきである。

4 本件基本契約は、その内容からすると、被控訴人が本件土地建物の所有権を残したまま不動産の管理運営の一切を資産の管理運用の専門家であるアセッツに任せるとともに、テナントの有無にかかわらず、毎月一定の賃料を確保することを本質としているものであるから、被控訴人とアセッツ間には密接な提携関係があり、相互に協力し、相手の行為を利用することで利益を得ようとしたものであるから、共同事業性が極めて強いものである。そのため、控訴人との本件転貸借契約は、外部の第三者との関係においては、両者をいわば一体として、組合類似の共同体として扱うべきである。

したがって、被控訴人はアセッツと組織した組合あるいは組合類似の団体の行った賃貸借契約上の債務を履行すべき義務があるのであり、本件保証金返還債務は右債務に含まれる。又は、第三者との関係に限って、本件転貸借契約は外部的にはアセッツと控訴人間の転貸借ではなく、被控訴人を含む共同体ないしは真の賃貸人である被控訴人と控訴人間の直接的な賃貸借関係であるとされるべきである。

又は、転貸借契約が右のように共同事業体と事業の関係にあると見られるときには、外部関係者保護の必要から、原賃貸借契約の債務不履行解除をするには、転借人に対しては催告ないし通知が必要とされるべきところ、控訴人にはなんら通知がなされていないので、本件原賃貸借契約の解除は、控訴人に対抗し得ないもので、この場合は本件転貸借契約は控訴人と被控訴人間の直接の賃貸借契約と変更されたものとされるべきである。

5 本件基本契約及び本件原賃貸借契約の内容からすると、被控訴人とアセッツの法律関係は、不動産賃貸事業委託関係にある所有者と不動産業者の関係であるいわゆるサブリース契約関係ないしはそれに類似した関係であり、被控訴人ないしアセッツと控訴人の関係は、そのサブリース契約当事者と第三者である転借人との関係と解釈されるべきである。

右からすると、サブリース契約の特質からして、本件転貸借契約関係は、本件原賃貸借契約が終了した場合には、被控訴人によって当然にその賃貸人たる地位が承継されるもので、本件特約はそれを確認した規定と解するのが相当である。

なお、本件特約中の被控訴人のアセッツに対する転貸借契約における保証金引継請求権を定めた部分は、共同事業体内部での求償関係を規定したものにすぎないものである。

6 控訴人は、被控訴人に対し、平成六年五月三一日に本件店舗部分を明け渡した。

7 よって、控訴人は、本件地位の承継に基づいて本件保証金返還請求債務を承継した被控訴人に対し、本件保証金一億五五四三万円から約定による一割の償却金と未払賃料等(平成六年三月一日から同年五月一一日までの分)を控除した残金一億三六三四万一六九〇円及びこれに対する弁済期後の平成六年七月一五日から支払済みまで商事法定利率年六分の遅延損害金の支払いを求める。

(予備的請求原因関係)

よって、控訴人は被控訴人に対する本件保証金債権を保全するため、アセッツの被控訴人に対する本件立替払に基づく求償債権に基づき、そのうち一億三六三四万一六九〇円及びこれに対する平成六年七月一五日から支払済みまで年六分の金員の限度の代位権に基づいて、その支払を求める。

二  被控訴人の主張

(主位的請求原因関係)

1 本件転貸借契約は、その基礎である本件原賃貸借契約が債務不履行により解除されたことに伴い、転貸人の履行不能によって終了した。したがって、被控訴人がその転貸人の地位を当然に承継することはあり得ない。本件特約によっても、特段の承継行為が無い限り被控訴人が本件地位を承継することはないところ、被控訴人には本件地位の承継をしたと認められる行為はないし、その承継を承認したこともない。

2 本件特約は、被控訴人とアセッツ間のものであるから、第三者である控訴人がこれを援用することはできない。仮に、本件特約に基づき被控訴人が本件転貸借契約における転貸人の地位を承継するとしても、本件保証金返還債務を当然に引き継ぐことはない。すなわち、控訴人がアセッツに差し入れた保証金を、アセッツが被控訴人に引き渡した場合に初めて被控訴人が保証金返還債務を負うというべきと解されるべきである。アセッツは被控訴人に右保証金を引き渡していない。

3 被控訴人は、平成四年四月一一日付けで、控訴人の本件店舗部分の使用が不法占拠にあたることを通知して確認している。控訴人も、本件店舗部分からの退去を被控訴人に通知した通知書(乙四)において、本件原賃貸借契約解除後に被控訴人に対して支払った金員は、賃料相当損害金であることを認めていたのであり、当事者双方において、この間の控訴人の本件建物の占有が契約関係の伴わない事実上の占有であることは争いがなかった。

4 本件原賃貸借契約等の被控訴人・アセッツ間の契約の内容は、アセッツが建物部分を転貸することを被控訴人が認めるとの条項が入れられているほかは、一般の賃貸借契約の条項となんら異なるところは無く、その性格は通常の建物賃貸借契約である。

ただし、本件のような商業ビル賃貸借においては、その保証金は、敷金にない償却条項などが定められており、またその授受も資金提供、すなわち消費貸借としての性格が強いと解されていることから、一般に賃借人の債務不履行による未払債務や損害金等を担保するものとして授受される金銭である敷金とは別異のものであるとされている。そして、本件保証金は、その一定額の償却をすることとされていたものであること、その金額も本件転貸借契約転貸賃料(一五五万八〇〇〇円)の約一〇〇か月分にも及ぶ高額なものであって敷金としては過大であること、本件保証金が預託されたのは、被控訴人とアセッツとの間の本件原賃貸借契約の効力発生前であったのであるから、その趣旨は、アセッツの資金繰りに助力する趣旨、すなわち消費貸借的な性格を有するものであった。

5 仮に、被控訴人とアセッツとの間の契約関係がサブリース契約に基づくものであると認められるとしても、その法的関係、性質にかかわりなく、建物賃借人たる転貸人と建物転借人との関係は、通常の建物転貸借契約であるとすることについては異論はないのであるから、被控訴人が当然に本件地位の承継をすることはない。

6 控訴人が本件店舗部分から退去して明渡したのは、平成六年六月一五日である。

(予備的請求原因関係)

アセッツは、本件立替払に基づく被控訴人に対する求償債権については、内金一億円は他に譲渡し、内金八四六八万一八〇〇円は自ら被控訴人を相手方として訴えを提起し、残りの一六四八万円については別件訴訟の和解においてこれを放棄しているのであって、このようにアセッツが自ら権利を行使しているので、控訴人が右権利を代位行使することはできない。

第三  争点に対する判断

一1  本件事案の概要に記載の事実関係によれば、被控訴人は、本件土地を所有していてその有効活用を図って収益を上げる意図を有していたものであるが、自らその収益事業にあたるのではなく、資産、資金の管理運用を目的とするアセッツを中心とする訴外何川が率いるアルファ企業グループにその事業計画の立案とその実行を任すこととして、アセッツ等との間にまず本件基本契約を締結し、その計画に基づいてアセッツの関連会社に賃貸目的の本件建物の設計を任せて新築し、その現実の賃貸事業については、それをアセッツに担当させるための手段として、アセッツとの間で本件建物を第三者へ賃貸する事業を委託する目的で本件原賃貸借契約(賃貸期間はその目的達成のために二〇年と長期であって、一般的な建物賃貸借契約とは異なっている。)を締結し、アセッツがその転貸借という形をとって、本件建物の一部である本件店舗部分につき控訴人との間に直接賃貸借契約を締結したものであること、したがって、実質上は、アセッツの原賃借権は、控訴人との間の右賃貸借契約の締結及び管理権限の委譲を受けるためのものであり、被控訴人らが控訴人に対して直接賃貸借契約を締結し、賃貸人の地位に立ったものと同然であることが認められる。

2  証拠(甲三、四、二一、二七、三四の1、2、証人何川裕、被控訴人本人《第一回》、証人小野雅光)並びに弁論の全趣旨によれば、被控訴人は、アセッツに対し、本契約の解除以前である平成三年一月二三日付催告書に於て本件原賃貸借契約が解除された場合には本件転貸借契約の転貸人としての地位を承継する処置が必要であることを明示していたこと、被控訴人は、本件原賃貸借契約解除後も、控訴人が引き続きレストランを経営するために本件店舗部分を使用することを望んで、その継続使用を認める代わりに、控訴人が、平成三年八月二〇日、それまで支払を保留していた平成三年四月より七月分までの賃料相当額の金員等を、指示した被控訴人名義の銀行口座に振り込んで支払うことに合意し、以降、平成四年一一月三〇日まで三年間に渡って賃料相当損害金の名目で、当時の賃料相場からすると高額な本件転貸借契約の従前賃料と同額の金員の支払を継続して受領していたほか、平成四年一二月一日以降の家賃相当額の減額の合意をしたうえで平成六年一月三〇日まで右家賃相当額、管理費、電気料・水道料の支払等を受けることにより、実質上的には、本件地位の承継があったのと同様の状態を承認していたことが認められ、本件原賃貸借契約書は、その内容等からしてサブリース事業において締結されている同種のいわゆるサブリース契約を意識してそれをモデルにして作成されたものと推認される。

なお、被控訴人は、控訴人の転借権は本件原賃貸借契約の解除により当然に消滅し、被控訴人もそのことを前提に事後権原なき占有者として家賃ではなく損害金として使用料相当額を支払ってきたものであると主張するが、被控訴人において控訴人に対し、本件店舗部分の明渡を求めたことを認めるに足る証拠はなく、被控訴人が本件転貸借契約の引継ぎによる不利益を意識して、「損害金」という名目で本件店舗部分の使用の対価を収受していたとしても、実質において本件地位の承継を事実上承認していたと認めるべきことを左右するものではない。

二  右の事実によれば、本件原賃貸借契約は、いわゆるサブリース契約であり、本件転貸借契約と一体的に考察するのが相当である。そこで、以下サブリース契約と同契約下におけるテナント(転借人)の地位について検討する。

1  不動産の所有者等が、その土地の有効活用を目的としている場合、それについて豊富なノウハウを有する不動産のディベロッパー等が、土地の利用方法の企画、事業資金の提供や融資斡旋、建設する建物の設計、施工、監理、完成した建物の賃貸営業、管理運営等、その業務の全部又は一部を受託して、土地・建物の所有者等にその所有権や借地権を残したままで、賃貸目的の建物を一括借受ける等の方式をとることによって、その事業収益を所有者等に保障する形態で行う事業の目的のために当事者間に締結されるのが、いわゆる共同事業方式のサブリース契約と呼ばれるものである(ただし、サブリース契約の形態には、右共同事業に対するディベロッパーの関与程度からいわゆる総合企画請負方式等と呼ばれるもののほか、種々の形態がある。)。

2  そして、サブリース契約の具体的法的方式としては、当事者間にまず、コンサルティング契約及び基本協定が締結され、それに従って建物建築請負契約、完成建物についての賃貸借契約及び管理契約という数個の一連の契約が、その具体的ケースに応じて必要な範囲で通常は順次締結される仕組みが一般である。右のとおり、サブリース契約の当事者間に順次締結されるのは基本契約、建物建築請負契約、建物賃貸借契約(通常は、建物一括賃貸借契約であり、その賃料については、転貸借契約の賃料の収益額と連動するいわゆるガラス張り方式と右転貸賃料とは連動しないいわゆる仕切り方式に大別される。なお、右ガラス張り方式には、いわゆる空き室保証が組み合わされることもある。)、管理委託契約といった一連の契約が締結されるのであるが、これら個々の契約は、一つの共同事業目的実現のために、時系列的に順次締結されることが当初から予定され、かつその予定に従って締結されたものであって、密接な牽連関係を持つものである。したがって、基本協定を核とする一個の複合的契約関係を構成するものとして、一体的に取り扱われるべきものであると解するのが相当である(ただし、一連の各個別契約は支分契約としての独立性は認められる。)。

3  したがって、サブリース契約の右の内容からすると、その一連の契約の中の賃貸借契約において契約当事者が意図した契約内容は、「建物利用権の取得とその対価の支払」として把握すべきではなく、真実は「建物を転貸して収益を上げる権限の取得とその対価の支払」と解すべきである。そのため、サブリース契約の当事者の共同事業性からすると、サブリース契約当事者がいわば一体ないし組合として、本件建物を第三者に賃貸して収益を上げ、その収益の分配の割合を定める方式として右当事者間の賃料額ないしはその賃料の計算方式が定められたものと解されるべきである。

よって、サブリース契約においては、その共同事業が終了ないし解体せざるを得ない場合を想定して、その後も収益事業の継続を図るためにディベロッパーがその目的達成のために第三者との間に締結した転貸借契約の転貸人の地位(共同事業体からみると賃貸借契約の賃貸人の地位)は、原則として賃貸建物の所有者に承継させる必要があるため、当然承継される旨の特約がされる場合と、当然承継とすることなく賃貸建物の所有者に、当該転借人に対して賃貸人として当該転貸人を賃借人とする当該転貸借契約と同一内容の賃貸借の申込みをすみやかに行う義務を科する場合があるのが通常である。

4  右によれば、被控訴人とアセッツないしその関連会社との間に締結された、本件基本契約、本件建物建築請負契約、本件原賃貸借契約はいわゆる事業受託方式のサブリース契約を構成する一連の複合的契約であって、しかもそのうちサブリース契約の解除・消滅の場合に転借人との関係は、本件原賃貸借契約における本件特約をもって、その当然承継を定めたものと認めることができる。そして、サブーリース契約において建物所有者に転貸借契約上の転貸人の地位に当然承継義務を定めたとしても、原則としてその転借人に不利益を生じさせるものではなく、サブリース契約当事者及び転借人の通常の取引意思にも合致するものであるから、その特約はサブリース契約にとっては第三者となる転借人のためにする契約としての効力を有し、転借人もその効力を当然に援用できるものと解するのが相当であり、控訴人が本件において、右援用に意思表示をしているものと認められることは明らかである。

三 そうすると、被控訴人はアセッツとのサブーリース契約(本件原賃貸借契約)の解除により、同契約第二〇条の本件特約により、アセッツと控訴人との間の本件転貸借契約に基づく賃貸人の地位を承継したものというべきであるから、控訴人が同契約に基づいて差入れた保証金返還義務も負ったものと解すべきである。

被控訴人は、右保証金は、賃借人の債務不履行による未払債務や損害金債務等を担保する敷金とは別異の消費貸借金であると主張するが、本件転貸借契約一四条には、右保証金について「本契約に基づく債務の履行の担保として」と明記されており、被控訴人の主張のような性質の金員の交付であることを認めるに足る証拠はないから、右の主張は到底容認できない。

また、被控訴人は、本件特約について、控訴人がアセッツに差し入れた保証金をアセッツが被控訴人に引き渡した場合に初めて被控訴人が保証金返還債務を負う趣旨であると主張するが、本件原賃貸借契約の文理上、本件地位の承継について、被控訴人がアセッツから個々の保証金の引渡を受けることを条件にしているとか、被控訴人と転借人との新規の賃貸借契約の締結行為を必要としていると認めることはできず、前記のサブリース契約の本質からもそのように解するのは相当でない。本件のその他の証拠上も被控訴人の右主張を認めるに足る証拠はない。

四  控訴人が平成六年三月三一日ないし同年五月一一日までに本件店舗部分を被控訴人に明け渡したことを認めるに足る証拠はなく、証拠(乙一二の1、2)及び弁論の全趣旨によれば、右明渡がなされたのは同年六月一五日ころであること、控訴人は、同年三月一日から右明渡に至るまでの家賃ないし家賃相当損害金、管理費用、消費税を被控訴人に対し未だ支払っていないことが認められる。

五  そうすると、被控訴人は、控訴人に対し、本件保証金一億五五四三万円から約定にかかる一〇パーセントの償却分及び平成六年三月一日から同年六月一五日までの未払い家賃ないし家賃相当損害金、管理費、消費税を控除した残りの一億三四六一万七五九九円(円未満切り捨て)を返還する義務があることになる。

したがって、控訴人の本件請求は、右の金員及びこれに対する本件訴状送達の日の翌日である平成六年七月一五日以降支払済みまで商事法定利率年六分の遅延損害金の支払を求める限度で理由があり、その余は棄却すべきである。

第四  結論

よって、右と結論を異にする原判決を変更することとし、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 鬼頭季郎 裁判官 慶田康男 裁判官 廣田民生)

別紙物件目録〈省略〉

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